文庫版が出たので伊坂幸太郎の『フーガはユーガ』を読んだ、そして初期伊坂作品について

自分比で久しぶりに伊坂作品を読んだ気がする。そもそも久しぶりに小説を読んだ気がする。『フーガはユーガ』である。
2018年に刊行されていたんだけど、先日文庫版が発売されたということでKindleで購入。2日くらいで一気に読んでしまった。

フーガはユーガ

あらすじ

「常磐優我」は仙台市内のファミレスで番組制作会社の男に語り出す。
幸せでなかった子供時代のこと、双子の弟「風我」のこと、そして誕生日に起こる不思議な現象のことを。

感想

冒頭にも書いたとおり、伊坂幸太郎作品を読むのがちょっと久しぶりだったんだけど、自分が好きな伊坂作品だ!というのが節々から感じられてきた。

一旦読者を置いてけぼりにする展開があり、しばらく経ってから場面と場面が頭の中でつながり出す感覚。
特殊能力を持っているけれど、その能力はそこまで便利でもなく、ちょっとしたことにしか使えないこと。
そして極めつけは、自分は物語の外にいながらも逆転を心待ちにして、祈りながらページをめくる心地よい焦燥感だ。

原点回帰の伊坂作品

特に好きな伊坂作品を列挙していくと、『砂漠』、『アヒルと鴨のコインロッカー』、『重力ピエロ』、『陽気なギャング』シリーズあたりだろうか。並べてみると初期の作品が多い気がする。
もちろん『バイバイ、ブラックバード』と『オー!ファーザー』も好きだし、『チルドレン』と続きの『サブマリン』もいい味出してると思う。もっといえばわりと新しめの『逆ソクラテス』も読んではいるんだけど、上に挙げた作品と肩を並べるか…というと…うーん。

伊坂作品にある要素で一番好きだと感じているのは、「ああ、ひっくり返ってくれ、逆転してくれ、頼むから」というヒリヒリした気持ちで祈るようにページをめくる瞬間だと思う。
もちろん何度も何度も読み返している作品が多いのだけど、こればっかりは初読でしか存分に味わうことができない、贅沢な感覚だ。

『アヒルと鴨のコインロッカー』にせよ、『重力ピエロ』にせよ、大筋としては主人公だったりその家族や友人が悪人に対して復讐をする話で、それは時に「勧善懲悪」の物語として紹介されることも多い。
でも、伊坂作品における復讐はただ「善人が悪人を懲らしめました」という物ではない、と感じている。『アヒルと鴨のコインロッカー』ではペット殺しという不条理に、『重力ピエロ』では遺伝子という不条理に、それぞれ最後まで抗い続ける物語だ。
それは「勧善懲悪」というよりも、とんでもなく大きな何かへの抵抗であるように思える。
抗うことのできないほどの大きな何かに立ち向かっていくからこそ、大逆転を祈るような読み心地があるのだろう。

そしてそういった構図は、初期の作品に多く採用されている…ように思える。そしてこと自分としては、そういう話が読みたいなと思っている。

スカッとはしない。それが世の常

前置きが長くなったけど、『フーガはユーガ』である。主人公である常磐風我・優我の双子は幸せとは言えない環境で育つ。虐待である。伊坂作品の悪人、ここに極まれり。
逆らうことができない相手からの理不尽な攻撃、それに対して与えられたのは「誕生日の決まった時間にふたりの体が入れ替わる」というなんとも地味な能力である。なにかに役立つどころか、はた迷惑な能力ともいえよう。

ふたりは成長するにつれて家の外に出ることで虐待から逃れていくのだけど、外の世界もそこまで良いものではなく、結局は理不尽で理不尽を塗り固めたような場面に何度も遭遇する。
その理不尽を少しでもただすために入れ替わり能力を使うのだけど、全てが解決するわけではない。何もしないよりはいいよね、モヤモヤは残るけれど。くらいの解決なのだ。
特に優我が憧れている女性とその子供とが同時に手の届かないところへ行ってしまうエピソードは、読んでいてもう憂鬱で仕方なかった。そこで痛い目を見る悪人に関しても、もっともっと苦しめばよかったのに。ああ無情。

そして風我と優我がどうしても決着を付けなくてはいけなかった相手との邂逅。これはさすがに伊坂幸太郎だ!という意外性がよい。
しかし、その結末はおそらくすっきりとしない。そうだよね、入れ替わるだけなんだもの。

初期の伊坂作品が好き!という方、是非とも読みましょう。
初期の伊坂作品を知らない!という方も、是非とも読みましょう。

フーガはユーガ

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