ちょっとだけ感情労働に疲れた

なんとなく自覚していたのだけど、僕はアレな人を引き寄せる体質らしい。そんなことを言うと知り合いから「お前も大概アレな人じゃん」というツッコミが聞こえてきそうだけど、そこは聞こえないフリをしたいと思う。

ご多分に漏れず、感情労働というジャンルの職に就いている。この世に感情労働ではない職業なんて存在しないと思うのだけれど、その中でも感情労働色が強めの職業である。就活用語で言えばBtoC業界というやつだ。

どんな集団であっても「困った人」というのは紛れ込むものらしい。割合の問題である。ゼロにはならないらしい。働きアリのうち何%はサボるのと同じだろうか。
「困った人」の中にも様々なグラデーションがあるけれど、相手にする人数が多いからか、わりと大外れを引き当てることがある。その大外れを引き当てる率が、他の人よりちょっと高い気がするのだ。

「そういうサービスは取り扱っていません」に対して30分を越えて電話口でがなり立てられる。という経験は、誰しもがしているものなんだろうか。いやいや、他に行ってくださいよ。
「そんなルールこっちには関係ない、他の客なぞ関係ない、俺を優遇しろ」と言って頑として譲らない相手と、どう対話すればいいのだろう。他人の道徳心とか良心というものを無責任に信用しない方がいいと思って生きてきたのだけど、さすがにそこまで言われると驚いてしまう。
この程度の事案だと、みんな経験があって、別段取り立てて話すようなエピソードでも無かったりするのだろうか。

慣れというのは怖いもので、数年間勤めているうちにそんなことがあっても、数日後には平穏に暮らせるようになってしまった。ちょっとAmazonでの買い物が増えるくらいである。なにか人として大切なものを失っている気がする。

出典を思い出すことができないのだけど、何年か前に「狂気とは(自分の中の)論理にとことん執着することだ」という趣旨の文章を読んだことがある。
ネットで読んだのか、書籍で読んだのか、それすらも覚えていない。ただ素晴らしく腑に落ちたので、未だに覚えている。そしてただ悲しくなる。

ああ、できることなら、手塚ファントムのように迫り来る困った人をすべてはね除けたい。そしてできるなら自分が困った人にならない人生を送りたい。

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